消極的に自分自身を放棄・放任するセルフ・ネグレクト

なぜ彼らは人生を放棄してしまうのか

岸 恵美子

3. 悲しいライフイベントがセルフ・ネグレクトの要因になる

では、どういう人たちがセルフ・ネグレクトに陥りやすいかを考えてみましょう。

2010年に内閣府が行った地域包括支援センターと民生委員を対象としたアンケート調査で、「セルフ・ネグレクト状態になったきっかけ・理由」を訊ねたところ、「覚えていない・分からない」が21.5%、「特段、きっかけはない」が15.9%と、原因が特定できないものが多かったものの、「疾病・入院など」が24.0%、「家族関係のトラブル」が11.3%、「身内の死去」が11.0%と続き、「その他」としては、「配偶者や家族の入院・入所」「借金や金銭トラブル」「収入減等経済的困窮」という回答が目立ったと報告されています。

同調査で「セルフ・ネグレクトになったきっかけ・理由」について、その詳細を尋ねたところ、「認知症・物忘れ・精神疾患等の問題」が28.3%、「親しい人との死別の経験」が27.5%、「家族・親族・地域・近隣等からの孤立、関係悪化など」が25.4%と上位を占めました。

一方、海外ではセルフ・ネグレクトは精神疾患というよりも、加齢とともに進行する判断能力の減退などが原因とする研究もあり、セルフ・ネグレクトになるきっかけは、現段階では明確になっていないというのが正直なところです。

しかし、私がセルフ・ネグレクトになった人たちと面談したり、ゴミ屋敷の調査を行った経験からすると、セルフ・ネグレクトになる要因は単に精神的な問題に関わる認知力や判断力の低下だけではなく、社会的な孤立、人生上の困難な出来事の経験、自立した存在でありたいという高いプライドなども深くかかわっているように思います。

具体的に言えば、社会的な孤立では、家族や親族、近隣との関係が悪化して見放され、結果として孤立してしまった。また、心身の機能低下により、知人や近隣との関係が断たれ、閉じこもってしまったケースもありました。

人生上の困難な出来事としては、家族や親族、親しい友人や知人が亡くなるという悲しいライフイベントが挙げられます。自分自身の病気や怪我なども、セルフ・ネグレクトになるきっかけになります。また高齢者でなくても、前にも触れたように、リストラによる失職がきっかけになることもあります。

ほかにも、認知症、精神疾患、アルコールの過剰摂取などによる認知・判断力の低下。世間体を気にしたり、遠慮や気兼ねなどによって支援を拒否する。サービスの多様化・複雑化に対応できない。家族を介護した後の喪失感や経済的な困難など、さまざまな要因が考えられます。

みな高齢になるわけですし、親の介護をしたり、悲しいライフイベントに遭遇することは特別なことではなく、誰にでも起こりうる可能性があります。つまり、いまのところ普通に生活している人でも、セルフ・ネグレクトになる可能性と隣り合わせで暮らしているといえるのです。

※本コンテンツはCOCORO35号をもとに再構成しています
岸 恵美子 (きし えみこ)
東邦大学大学院看護学研究科教授
1960年、東京生まれ。看護師、保健師、看護学博士。
日本赤十字看護大学大学院博士課程後期終了。東京都板橋区、北区で16年間保健師として勤務した後、自治医科大学講師、日本赤十字看護大学准教授、帝京大学大学院医療技術学研究科看護学専攻教授等を経て現職。高齢者虐待、セルフ・ネグレクト、孤立死を主に研究。「看護職のためのエルダーアビューズ・ケア研究会」主宰。著書に『セルフ・ネグレクトの人への支援』(共著、中央法規出版)、『自治体による「ごみ屋敷」対策―福祉と法務からのアプローチ―』(共著、公益財団法人日本都市センター)、『ルポ ゴミ屋敷に棲む人々』 (幻冬舎新書)などがある。