消極的に自分自身を放棄・放任するセルフ・ネグレクト

なぜ彼らは人生を放棄してしまうのか

岸 恵美子

1. 「セルフ・ネグレクト」とは消極的に自分自身を放棄・放任すること

最近、わが子を虐待するニュースなどで、「ネグレクト」という言葉をよく見聞きするようになったのではないでしょうか。

ネグレクトという言葉は、英語で「無視すること」を意味しますが、日本では保護者や介護者が子どもや介護を必要とする高齢者などに対して、育児や世話を「怠る」「放棄する」ことを指しています。

2000年に施行された「児童虐待の防止等に関する法律」では、親が子どもを叩いたり、つねったりする行為を身体的虐待としていますが、食事を与えない、おむつを替えないなどの行為は、ネグレクト(放任)にあたります。親として自分の子どもの育児を放棄していることになるからです。


また、2006年には「高齢者虐待防止法」が施行され、高齢者に対する虐待の一つとして、著しい減食や放置、養護者以外の同居人による虐待行為の放置などが盛り込まれ、ネグレクトという言葉が広く知られるようになりました。

このネグレクトが、自分自身に対して向けられた場合を「セルフ・ネグレクト」といい、最近社会問題となっている孤立死やゴミ屋敷などの原因として注目されるようになってきました。

しかし、セルフ・ネグレクトの研究の歴史は意外にも長く、1953年にヘレン・アーキンスが仙人や隠遁者に関する解説をしたのが始まりとい
われています。

これはセルフ・ネグレクト研究の第一人者であるジェイムズ・オブライエンが、その著書『セルフ・ネグレクト』の中で指摘したことですが、日本の研究者の間で一般化したのは、ここ20年くらいでしょう。

セルフ・ネグレクトは日本語では「自己放任」と訳していますが、しばしば「自己虐待」と混同して理解される場合があります。

「自己虐待」は、自分を自分で傷つける自傷行為のように、積極的な行為を含みますが、セルフ・ネグレクトは「消極的に自分自身を放棄・放任」することによって、時間をかけて自分の健康や安全を損なっていくものです。


※本コンテンツはCOCORO35号をもとに再構成しています

岸 恵美子 (きし えみこ)
東邦大学大学院看護学研究科教授
1960年、東京生まれ。看護師、保健師、看護学博士。
日本赤十字看護大学大学院博士課程後期終了。東京都板橋区、北区で16年間保健師として勤務した後、自治医科大学講師、日本赤十字看護大学准教授、帝京大学大学院医療技術学研究科看護学専攻教授等を経て現職。高齢者虐待、セルフ・ネグレクト、孤立死を主に研究。「看護職のためのエルダーアビューズ・ケア研究会」主宰。著書に『セルフ・ネグレクトの人への支援』(共著、中央法規出版)、『自治体による「ごみ屋敷」対策―福祉と法務からのアプローチ―』(共著、公益財団法人日本都市センター)、『ルポ ゴミ屋敷に棲む人々』 (幻冬舎新書)などがある。